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 ある日の夕方、ことははふらりと志葉家の奥座敷に足を向けた。奥座敷はがらんとして、残念ながら誰もいなかった。

「なんだぁ、誰もおらんのね」

とくに誰かに用事があるということはなかったが、なんとなく人恋しく思っていたことはは少しだけがっかりした。

その日は一段と暑く稽古も体に堪えていたため、おそらく皆それぞれの自室でのんびりしているのだろう。ことは自身も疲れている自覚があったので、それ以上誰かを探そうという気は起こらなかった。通りがかりの黒子が気を利かせて持ってきてくれた麦茶を飲みつつ、ことはは一人奥座敷に座っていた。

ふと触れた木の床が冷たかった。涼しい山の中で育ったことはには、志葉家で迎える暑い夏は体に堪える。この屋敷に冷房がないことを恨むほどではないが、やはり涼しさを求めたくなる気持ちはあった。ちょっとだけ、とことは床に顔をつけ、目を閉じた。ひんやりとして気持ちがいい。

――気持ちええなぁ。んー、もすこしだけ…

自分で思っている以上に疲れていたことはは、そのまま夢の世界へと旅立った。

 

* * *


 

 何気なく奥座敷をのぞいた丈瑠は、ことはが倒れているのを見つけて驚愕した。

「ことは!」

大声で呼びかけつつ駆け寄ったが、なんのことはない、当の本人は気持ちよさそうに眠っているだけだった。床にぺったりとくっついたまま無防備に眠ることはを見て、年頃の女がまったく…と丈瑠は呆れた。

「おい、冷えるぞ。起きろ」

 体を揺すって起こしてみるが、まったく起きる気配がない。丈瑠はたまたま通りかかった黒子に掛けるものを持ってこさせると、そのままことはを自室に移動させようとする黒子たちに「疲れているんだろう。そのまま寝かせておいてやれ」と下がらせる。このまま一人放っておく気もせず、ことはの横に腰をおろした。

「確かに今日は疲れたな」

 丈瑠は気持ちよさそうに眠ることはを見つつ、ひとりごちた。暑さには強い方だと自負しているが、そんな丈瑠でも今日の暑さは体に堪えた。山育ちのことはには、相当厳しかったことだろう。

 そんなことを考えつつ、丈瑠は一段上がった畳を背もたれにして寄りかかると目を閉じた。さすがに夕方になると風もでてきて涼しくなってくる。遠くに鳴くひぐらしの声、ぱたぱたと夕食の準備に走り回る黒子達のざわめきを聴きながら、丈瑠もまた意識を手放した。


 

* * *


 

 いつものにぎやかな志葉家の夕方に反してやけに静かな屋敷の様子を不審に思った彦馬は、屋敷を歩き回っていた。いつもはあちこちに集まっては何かとわいわいと騒いでいる若き侍たちは、今日は各々自室で休んでいるのかどこを探しても見当たらない。

 ぐるりと屋敷を一周した彦馬は、最後に奥座敷の方にやってきた。静かで誰もいないと思っていた奥座敷に主君である丈瑠とことはの姿を認めた彦馬は、ほっと胸をなでおろす。

「殿!」

 特別大きな声ではないが、しずかな奥座敷に彦馬の声が響く。探しましたぞ、といいかけたところで、彦馬ははっとして言葉を飲み込んだ。静かなはずである、二人とも気持ちよさそうに寝入っているのだから。

――なぜこんなところで?

疑問に思った彦馬は、ふとことはにだけタオルケットが掛けられている事に気づいた。家臣に掛けられているにもかかわらず主君にはないことに一瞬不満を覚えた彦馬だったが、ひょっとしたら寝入ってしまったことはに丈瑠自身が掛けてやったのかもしれないと気づくと、小さく微笑んだ。

 幼い頃から志葉家当主という立場を担ってきた主君は、何かを誰かにしてあげるという機会があまりなかった。もちろん外道衆と戦うのは世の人のためであるし、また幼い頃には源太にいろいろ教えたり物をくれてやったりしたのだろう、なにより丈瑠自身が元々それを鼻に掛けるような性格ではなかったが、その根底にあたる部分では「誰かにしてもらう」ということが当たり前というところがあった。

 そんな主君が、家臣とはいえ誰かのために気を利かせてやることがごく自然に行われているのに、彦馬は感動した。同じ年頃の家臣たちの召集に最後まで反対し、また馴染もうとしなかった主君が、その四人とともに生活することで変化を見せている。情緒を育んでいるといっても過言ではない。その変化は、丈瑠自身にとって良いことであると彦馬は感じていた。

 静かにその場を立ち去った彦馬は、もう一枚タオルケットをとってくると、再び奥座敷に足を運んだ。寝ている主君を起こさないように、タオルケットを掛けてやる。

 まるで兄妹のように仲良く眠る二人の姿を見て、彦馬は満足そうに頷いた。


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赤黄に見せかけた、じぃのお話。
この二人の関係に変化が起きる頃には、じぃも何か感じ取るのでしょうか?
(そもそもそんなときがあるのかしらん???)



 

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